MBA取得を狙う君たちへ

実際に受験準備を始めるとすぐに気付きますが、MBA受験は驚くほど予備校やネットで入手した理想的な計画通りには進みません。MBA受験で苦労し合格した私だから伝えられる、志望校合格のための秘訣(何をやればいいのか?何はやらなくていいのか?)をご紹介します!

管理人プロフィール

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サイトを訪問して頂いてありがとうございます。
このサイトを運営しているJunです。

ここでは、私自身の経験と考え、そしてこのサイトを立ち上げた理由について御紹介させて頂きます。是非最後まで御覧頂ければ嬉しいです!

 

なぜMBAを取得しようと思ったのか?

why MBA 

 

国内の大学を卒業して、日本の大企業にエンジニアとして新卒入社しました。

入社1年目は何もかもが分からず、上司や先輩に一から教えて頂きながら仕事をこなしていましたが、2年目から後輩の面倒をみながら、少しずつ大きな仕事を任されるようになりました。ところが仕事の規模が大きくなればなるほど意味がわからない(全く本質的ではない)制約条件に振り回される仕事の方が多くなりました。

 

会社から給料をもらっている以上、私が心から納得できるかどうかは関係なく、上司(や更に上の上司)からの指示であれば最終的にはやらなければいけないのがサラリーマンの鉄の掟です。もちろん私以外の同僚・先輩たちも、飲んだ席で散々愚痴をこぼしながらも、しっかりと仕事をこなしていました。

「きっと、私も経験を積めば、いま見えていないものが見えるようになって『あの時は若かったなー いまになれば上司が正しいことを言っていたのがよくわかる!』というレベルに到達できるはずだ」と信じて、疑問や不満は飲み込んで更に2年間上司から言われた仕事を(時には上司の考えを先回りして提案することを)続けました。

 

what am I doing?

 

こうして入社して4年経ったわけですが、
お客様のためにもならず、社員のためにもならず、会社全体のためにもならない、上の人達のプライドとこだわり(それによって生まれるコスト増加と社員の残業時間の増加)は理解できないままでした。

職場の上司たちに飲みの席で相談してみても「お前はまだそんなこと言ってるのか?もう新入社員じゃないんだぞ。おかしくてもやるのが仕事ってもんだ!」という根性論しか言ってもらえず腐っていたちょうどその頃、

 

入社当時にお世話になった別の部署の上の立場の方とお話する機会があり、思い切って自分の思っていることをぶつけてみました。

職場の上司と同様に一蹴されるかもしれなかったのですが聞かずにはいれなかったのです。私がおかしいと感じてきたことに「おかしいけど、変えられない」という反応だったなら納得出来たのですが、「そもそもおかしくなんてない。おかしいはお前だ」と暗に言われている職場の考えが、組織都合の論理の外にいる(組織外の)人からも同じように見えるのかを知りたかったのです。

 

can't help asking the question

 

「お前の感じているとおりだよ。
 その状況は おかしいに決まってるじゃないか。

 おかしいことに気付いてないやつが多いことも問題だが
 本当の問題は「じゃあどうすればいいのか?」を誰も分かっていないことだろ?

 で、お前には何か具体的なアイデアはあるのか?

これが、その方の回答でした。

 

 

おかしいと感じていたことを即座に「その通り」と言ってもらえた(伝わった)嬉しさよりも、入社して初めて即座に正論で「ぐうの音」もでないレベルで打ち返されたこと、そして不満を抱えているだけで自分から何のアクションしてこなかった自分自身を強烈に恥じました。

 

 

  

その後も、経験が増えるにつれて、新たな意味不明な上司判断・指示を体験する機会は増え続けていきましたが「そもそも根っこの問題(最初のボタンの掛け違い)はどこにあるんだろう?」「どうすれば、あるべき姿に向けて軌道修正できるんだろう?」ということを考えては、職場内外の人達に議論をぶつけました。

 

そんななか、社長にも同じ質問を投げかける機会がたまたまあり「なんでも社内でリソース抱えている時代ではないと思うのですが、そもそも我が社が未だに大量のエンジニアを抱えている意義ってどこにあるんですか?エンジニアの立場で申し上げるのも変かもしれませんが、無駄にコストかかってませんか?」と(いま考えると命知らずな)突撃インタビューをした際に

(真剣な表情になり数秒間黙られた後で)「その方がおもしろいだろ?」と返答された社長の表情をみて、

 

なんだ。社長でも答もってないんだ。

 

you don't have an answer?

 

と気付いたと同時に、

誰かが答を見つけてこなければこの会社の未来はなく
答を探しにいくべきなのは、一番問題意識をもっている自分なんだ。

と感じ、社内留学制度に応募して「私がMBAとって必ず答を持ち帰ります!」と説き伏せて社費留学生になりました。

 

結局、私が留学している間に、市場の動向が大きく変わり社内のエンジニアが大幅整理されてしまったため、帰国後に私が(この当時の想いの方向で)会社を変えることは出来ませんでしたが、

不満を口にしている暇があるなら、自ら解決策を考え提案せよ

というスタンスは、今でも私の基本的な考え方になっています。
(詳しくは思考停止3兄弟の罠を御覧ください)

 

 

次は、私のMBA受験の記録です

 

私のMBA受験

ロジック5割、パッション5割で社内選抜は突破したものの、ここからが地獄の日々の始まりでした。

 

hardest choice

  

エンジニアなのに英語得意です!

とアピールして入社していたくらい、英語(受験英語・TOEIC英語)にはかなり自信があったのですが、TOEFLを受験してみて「いかに自分の英語力が幼稚園児レベルなのか」を痛感しました。

とはいえ、もう社内選抜は通過してしまっています(笑)
1年後に会社指定ランクの大学から合格通知を手に入れなければ「社内での今後のキャリア人生は終わりだから覚悟しろよ」と言われて(脅されて?)いたこともあり

 

何が何でも志望校合格しなければいけない状況です

 

 

自分で蒔いたタネなので仕方がないのですが
リアルに人生最大級につらい1年間(+α)でした。

 

1月から受験勉強を始めて、
TOEFL(CBT)で志望校合格圏のスコアが出たのが8月。
GMATは10月にやっと600台を超え、志望校レベルのスコアを11月に叩きだし、何度もダメ出しされて作り上げたエッセイが完成したのは2nd Roundの締切ぎりぎりでした。

 

heavy days

  

意識が落ちるまで寝ないでエッセイライティング・GMATのタイムアタックを続けていた秋〜冬には平均睡眠時間が4時間になり、職場でも本気で心配されるほど追い込まれていましたが、

 

自分が好きで選んだ道なのです。
弱音はいて落ち込んでいる時間すらも惜しい。

4時間睡眠で生活してるとか、自分なりのベストを尽くしているとかは、
そもそも結果を出さなければ何の意味もないのです。

 

 

そして、こうやって人生最大級に自分を追い込み続けたのですが、それでも合格通知は簡単には届きません(笑)

2ndで応募した学校群からはDingとWaitingばかり届きましたが、
「やばいなー これは俺の会社人生つんだかな」「そもそもMBAなんて志ざせるほどの才能も能力も俺にはなかったんじゃないか?」というネガティブ思考は飲み込んで、歯を食いしばって耐え続けました。

 

ding, ding, and ding

 

1月から続けてきた受験も1年を超えて心身ともに疲弊しまくってましたが

・ここで諦めたらこれまでの地獄の1年間が全て無駄になる

・世界中のライバル達もいまが一番苦しいはず、ここで頭ひとつ出た人が勝つんだ!

と自分を強引に奮い立たせて、Waitingの学校への突撃キャンパスビジット・3rd Roundの募集を4月まで続けたところ

 

did whatever I could

  

Waitingの学校から続々と合格通知が到着!
3rd出願の学校からも(既にインタビューは(アポ無しで)乗り込んで終えてましたので(笑))「多分 合格通知出せるから、残りの出願書類早く出して!」というアドミッションディレクターからの嬉しいシークレットオファーまで頂くことが出来ました。

 

最終的には、志望度が最も高い大学に進学することを決めて残りの学校を辞退しました。

 

こうして地獄のMBA受験を終えた私が一番最初にしたことは
48時間連続睡眠でした(笑)

 

ちょっと(どころか かなり)一般のMBA受験生よりも長い私の受験は16ヶ月で終わりました。

 

 

次は、私のMBA留学生活の記録です

私のMBA留学

mba classroom

 

「MBA留学って実際どうなの?」

という質問を、卒業後 実に多くの人に投げかけられますが、私は必ず同じ回答をするようにしています。それは

「事前に想像してたよりもリアルに2倍つらくて、2倍たのしかった」

というものです。

 

主にMBAの授業・交流を通して得られたものについてはMBA留学の6つの価値で記載していますので、あわせて御覧ください。

 

先に2倍辛かった理由を記載すると、
ある意味 残酷なほど 物事は判りやすく決まることです。

 

あくまでも私の主観ですが、
成績も、友人関係も、日常生活の全てを通して

「あなただけしか知らない知識・ノウハウ」or「お金の匂い」
✕ 「コミュニケーション能力(社交力〜交渉力)」
✕「英語力」

の掛け算でほぼ全ての物事が決まりました。

 

学校生活では、「この人は英語の苦手な日本人なんだから、ネイティブのあの人と試験の点数は同じだけど、ハンデがある分/頑張った分だけよい評価をあげよう!」なんて(いい意味で)差別してもらえることは当然あり得ませんし、

他の誰もが知らない貴重な経験をシェアすれば、例え英語がたどたどしくても、みんな一生懸命聞いて理解しようとしてくれますが、逆に「つまんねーこと言ってんなー」もしくは「何言ってるかさっぱりわかんねーな」と思われたら(英語で誤魔化せないこともあり)情け容赦なく無視されました。

そのため、もともとエンジニア出身で経営の基礎を何も知らずに入学してしまったこともあり、毎日のように明け方まで図書館で復習・予習をしなければ授業の内容についていけませんでした。逆にいうと、ここまで追い込まれたからこそ効率的に吸収することができました。

 

sleepless days

 

日常生活でも、余程の高級店でない限りは「文句は言わない方が悪い」というのが当たり前の基本ルールでしたので、

買い物でお釣りチョロマカサれたら

⇒ 即座に「足りないよ!」とクレームつける(チョロマカサれる前提で、いつでもお釣りを確認して クレームつける心の準備をしているということです)

 

指定した日に指定した品物が届かないことが当たり前

⇒ 指定日の夕方になったら電話して「◯日前に、◯◯さんから今日の◯◯時に品物届くって聞いたんだけど、どうなってんの?」と、次の(届くかどうかわからない)配達日の調整をする(⇒届くまで繰り返す)。

という日本ではあり得ない文化に慣れなければいけませんでした。

 

argument

 

誤解を恐れずに書きますが、
世界最高のサービス品質が当たり前な上に、なんとなく有耶無耶に(結果的に公平な)落とし所にもっていくことが当然なぬるま湯の日本文化(だと私は感じています)にどっぷり浸かっていた私にとって

この新しい文化に2年間も揉まれることは、物凄くストレスフルでしたが、同時に、世の中のシンプルな本質を叩き込む最高の機会になりました。

慣れてしまえば、このシンプルな世界は生きやすいと感じましたが。
日本にずっといたら、このことに一生気付かなかったと思います。

 

 

次は、帰国後の派遣元企業での体験の記録です

帰国後の仕事について

MBA留学から派遣元の会社に戻ってから、経営企画・新事業企画・パートナー開拓・社内管理といった職場を平均2年ずつ(計8年)経験しました。

それぞれの職場毎にミッションも問題点も違ったので(+細かい内容をここで御紹介することには意味がないと思いますので)より一般的・本質的な内容で感じたことを記載します。

 

【うまく活用できたこと】

  • MBAのカリキュラムを通して 問題の本質的なポイント(root cause)を見抜けるようになったため、目先の問題(とその解決)ではなく、根っこの問題を「どの順番で、どのように改善するのが最短なのか」を提案し、実行できたこと。

 

例えがふさわしくないかもしれませんが、

川が汚染されている
⇒ どの場所に浄水施設を建築するか?

という議論から一歩ひいて
・そもそも上流のどのあたりで汚染物質が流されているのか?
・なぜ流されてしまうのか?
・どのような仕組・インセンティブを設定すれば流すのをやめるか?
という思考が出来るようになりました。

大企業であればあるほど、「仕組の解明」⇒「インセンティブの再設計によるリエンジニアリング」が、一見 遠回りに見えても、実は根本的な解決の近道であることが多いのですが、ここを設計して改善していく作業は、どんな部署にいても、やりがいのある楽しい仕事でした。

 

differentiation

 

  • 上記のリエンジニアリングを進める上で、(ケースで学んだ)他の社員が知らないベストプラクティス(有名な企業がどうやって問題解決をしたのか?)の実例を紹介すると、説得がしやすくなるという経験も数多くありました。

留学中も寝不足になりながらケースを読み込んだ甲斐がありました(笑)

 

 

【苦労したこと】 ※当たり前の内容も含みます

  • びっくりするほど話が通じません(笑)
    本音で話をするほど「教科書と現実は違う!」という感情的な(?)反応が大半でした。実際には「選択と集中」の本当の意味すら理解されず「全方位戦略」こそが素晴らしいというムード一色の場面で「そもそも説得することすらバカらしく感じる」場面に数多く遭遇しました。

 

are you serious?

 

  • MBAを取得したからといって同期横並びの出世競争を飛び越えることはない(責任も権限も留学前と変わらない)ため、どれだけ説得しても最後は上位職の判断になり、本質的でなく 中長期的にはおかしな仕事も普通にあり(命令であれば)やらなければいけませんでした。

 

  • フレームワークは浸透していましたが、使い方がおかしいケースがとっても多かったです。日常的に、フレームワークを使うこと(規定のフォーマットにそれらしい文字を埋めること)が「目的」になっていることすらありました。正しい使い方を知っている立場からすると滑稽なのですが、指摘しても通じない場合にはほっておきました。

 

  • 経営者として判断するトレーニングを受けているが故に、関係者の意見の「間をとる合意形成」に遭遇する度に「そーじゃないだろ?」と感じ、モチベーション(と愛社精神)が揺さぶられることもありました。

 

よかった点・良くなかった点の両方を含めた上記の実体験は、日本の大企業の現実を肌感覚で理解できる貴重な経験になり、この後で触れる「自分が人生賭けて成し遂げたいこと」を見つけるきっかけにもなりました。

 

 

次は、所属会社を退職した理由です

所属会社を退職した理由

 

heading to next

 

帰国してから8年後に退職しました。その主な理由を4つ書きます。

 

1) 留学時の誓約条件を満たしたこと

「帰国後5年間は退職しない」という条件付きで留学していたため、筋を通せる年数までは何があっても退職しないことにしていました。

 

2) 自分の成長の限界を感じたこと

リエンジニアリングを続ける作業は本当に楽しかったのですが、部署が変わる毎に、同じレベル(MBAホルダからするとかなりの低レベル)の作業を繰り返すことに飽きた、というよりも絶望しました。「楽して給料をもらう」という発想なのであれば「とても楽な会社」だったのですが、私は自分のスキルアップの方により興味があったため、この会社にい続けたらダメになる!と危機感を感じました。

 

3) 自分が所属会社に貢献できることが給料分に満たないと感じたこと

「じゃあもっと成果出せよ!」と言われそうですが(笑)
与えられた仕事の中から
・価値がない仕事はぶった斬り
・価値がある仕事には付加価値をつけ

与えられていない仕事も積極的に提案して、勝手に推進していましたが、それでも

「私は本当に給料分のValueを生み出せているのか?」
(帰国後ずっと自分にこの質問を投げかけながら仕事をし続けてました)

という質問に、自信をもって”absolutely, yes!”とは言えない状況で後半3年間過ごしました。この状況は、会社から見れば給料泥棒ですし(残念なことに、私以上にひどい人がゴロゴロいたので 誰も私を給料泥棒とは思っていませんでしたが)、自分から見れば(前項の通り)「成長していない」ということです。このことにどうしても納得できませんでした。

 

そして最後が、

4) 人生の折り返し地点を迎えたこと

日本人男性の平均寿命は81歳です。
退職を決意した時の私の年齢は40歳を超えていました。つまり人生折り返していたということです。

新卒で入社してから40歳過ぎまでという長期間を過ごした、不満もあれど愛着もあり 慣れ親しんだ会社を退職することを(辞めてしまえばなんてことはないのですが)心底 悩みました。

実際には、「年末には退職願を出そう」と半年前に決めて、そこまで悩みぬいて結論が出ずに「じゃあ3月こそは退職願を出そう」…という先延ばしを1年間続けた上で最終的に決断しました。

 

leaving for new world

 

この決断には、退職前に読んだ4冊の本も影響を与えています。

アツイ言葉」杉村 太郎
「未来の働き方をかんがえよう」 ちきりん
「あした死ぬかもよ」ひすいこたろう
「辞表を出して次へいけ」長野 慶太

※詳しくはリンク先の勝手にダイジェストを御覧ください

 

これらの本に書かれていた

 

  • 人は誰でも、心からやりたかったことを「やらなかったこと」を一番後悔して最後の日を迎える。

 

  • 「外の世界は恐ろしい。会社辞めたら路頭に迷うぞ!」というのは100%嘘。そんなことをいう人ほど外の世界を経験したことが1度たりともない。あなたの直接の知り合いに路頭に迷ってる人が1人でもいるか?騙されるな。誰も絶対に路頭になんて迷わない。

 

  • 今では日本にしか残されていない「終身雇用」というシステムが崩壊するのは時間の問題。日本人がいくら残したいと願ってもグローバル化の波で潰される。その時に稼げる人は「会社を離れても報酬という対価をもらえる仕事が出来る人」。実は、会社にしがみついて会社でしか仕事が出来ない人から、仕事がなくなっていく。

 

  • やりたいことをやれ。進みたい方角に向かえ。社会の価値観に騙されるなよ。会社に騙されるなよ。「仕事が楽しい。充実している」とか何とか言って、心の底からの思いに背を向けるなよ。そこそこなのに、満たされたフリをするな。敏感になれ。隙間に気づけ。

 

  • 5年後どうしていたい?10年後どうしていたい?本音丸出しで教えて欲しい。
    そのために、今すべきことは何?すでにやるべきことをやってますか?もしやってないなら、いつからやり始めるのですか?目を逸らしてていいんですか?自分の人生なのに。きみしか舵を握っていないのに。

 

  • どんなに無謀な挑戦だろうと、人からバカだと言われようと突き進んで欲しい。掲げた旗は絶対に降ろすな。僕たちは生まれただけで幸せものだ。誰かのために命をかけないでどうする。片時も忘れないで欲しい。どんなにあがこうとも、どんなに苦しんでいる気分に浸ろうと、僕たちは圧倒的に恵まれている存在であることを。

 

という言葉を噛み締めて、辞表を出しました。

 

退職して、会社組織を離れ 独立しましたが、私の価値観は変わっていません。(むしろ純度が高くなりました)

 

 

MBAを取得してから固まった私の信念、に続きます

MBAを取得してから固まった私の信念・美学

 

designer

 

MBAを取得することで(正確には、密度の濃い授業・経験を通して)世の中の本質が見えるようになりました。

組織に所属している時には

 

お客様・株主・社員の幸福度を上げる方向に、所属組織を長期的に成長させる

 

ことが、私の美学でした。

ここだけ見ると、一見当たり前のことを書いているように見えるかもしれませんが、このサイトを訪問されている皆さまの日々の業務の中には上記の方向に逆行する仕事が大量にあるはずです。

私は廻りから疎まれようと、社内の人達を敵に回そうとも(時には極めて腹黒いやり方で)私の美学を追求しました。(どの程度、貢献できたのかは別問題です(笑) ※上に書いたとおり最後の3年間は給料分の貢献は出来ていませんでしたので)

ただ、この軸(美学)はブラしませんでした。それが自分の役割だと思ったからです。

 

会社を退職して独立してからは

 

世の中の悩んでいる人・困っている人に(例えわずかであっても)役立つ情報を提供することで、世の中にプラスのインパクトを与える

 

ことが、私の美学になりました。
このサイトも私のそんな想い・願いから生まれたものです。

私がサイトを通して応援させて頂いた方々が、MBAを取得して更に多くの人達にプラスの影響を与えて… というポジティブループが廻ることを夢見てサイトを運営しています。

 

 

次は、私が人生を賭けて成し遂げたいこと、です。

人生を賭けて成し遂げたいこと

 

life time goal

 

少し重い話になってしまいますが…
紀元前から現代までの哲学者の多くが
指摘していることがあります。

それは

「死は全ての生き物に平等に訪れる」

「人は、生前に集めたものではなく、死後に残したものによって評価される」

という考えです。(別の考え方をする人がいることも理解していますが、私はこの考えに同意します)

 

思い起こせば、子供の頃から「伝記もの」の本を読むのが好きでした。

学校の図書館に大好きなマンガが置いてなかったこと(伝記くらいしか読みたいものがなかかったこと)、両親が私に読書習慣をつけるために 私が好んで読んだ「伝記もの」を多く買い与えてくれたこと、が理由な気もします。

エジソン、ノーベル、キューリー夫人、ナイチンゲール、ニュートン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ライト兄弟… 偉人といわれる人達の伝記を読んでは、将来の職業(本を読む毎に変わるのですが(笑))を夢想していました。

 

私が物理・化学に興味をもって理系の道に進んだのも
子供の頃から読み漁った「伝記もの」の影響もあったのだと思います。

そして、今までの人生で何度も何度も(MBA受験のEssayでも(笑))
「俺が本気でやりたいことは何なんだ?」
「人生を賭して挑戦したいことは何なんだ?」
と考え続けた結果、私の原点に辿り着きました。

 

後世に残ることを成し遂げたい

 

という心の底からの(叫びに近い)願望です。

 

実際に後世に残ることなんて成し遂げられるのか?という不安よりも、自分の命の使い方が見つかった喜びの方がずっと大きいものでした。

 

前述の本(あした死ぬかもよ)にも書かれていますが、

やってしまったことの後悔よりも、
やらなかったことの後悔の方が人生最後の瞬間に悔やまれる

ものだそうです。

 

自分の心の底からの欲求に貪欲に向き合い
後世に残ることを成し遂げるために、世の中にプラスのインパクトを与え続けること。

これが、私が人生を賭けて成し遂げたいことです。

 
 

次は、退職独立した私のライフスタイル、です。

退職独立した私のライフスタイル

 

IMG_3354_1024

 

退職後、このサイトを含めていくつかのサイトを運営しています。
全てのサイトに共通しているのは、私自身の美学である「世の中にプラスのインパクトを与え続けること」です。

ネットの世界は、ユーザの訪問がそのまま結果として出る(つまらない情報発信をするサイトにはアクセスは集まらず、本当に価値がある情報発信をすればアクセスが増えるというシンプルな構造になっている)ため、

自分の経験・知識が世の中に役立つかどうかが顕著に結果に現れます。
(大企業で働いていた時には、経験できなかったことです)

 

幸運なことに、いまのところ(このサイトも含めて)他のサイトも、多くの方々に訪問して頂いています。(このサイトを訪問して下さったみなさま、本当にありがとうございます!)

そして「自分が世の中の役に立っているんだ!」という実感を日々感じながら、同時に「もっと役立つ情報を発信したい!」と感じています。

このサイトは「MBA留学を狙う方々」を対象としたサイトですので、みなさまのMBA受験が順調に進めば、帰国後このサイトを再び訪問することは恐らくないはずですが、
高い志をもって みなさまの後にMBA留学を狙う(みなさまからすると)後輩の方々をこれからも応援し続けていくことが出来れば、サイト作成者冥利に尽きます。

 

私が作成している他サイト(このサイトとは完全に分離しているため、URLをお伝えすることは控えさせて頂きます)も根っこの想いは ここに記載したことと同じです(全く別ジャンルですが、同じ「世の中にプラスのインパクトを与えたい」という想いで作成しています)。そちらのサイトでもMBAを取得されたみなさまにお会いできることを楽しみにしています!

 

 

最後に、これからMBA受験をする方々へのメッセージ、です。

これからMBA留学をする君たちへ

 

message for you

 

このサイトでもいくつかの記事で記載していますが、MBA留学は 受験中も留学中もほんとに辛い日々が続きます。特に、英語ネイティブ(帰国子女)でない方にとって、この辛さは倍増します。そして信じられないくらい高額な費用もかかります。

また、バブルの頃のように「MBAホルダという資格」を持っていれば順調に出世できる時代はとっくに終わっています。バブル時代の感覚で「ハクをつける」ことが主目的なのであれば、お金も・血の滲むような努力も・受験と留学中の時間も、全てが無駄になってしまいます。MBA留学は辞めたほうがよいでしょう。

更に、書店に並ぶ本を読むと「わざわざ留学してMBAを取りにいく時代はもう終わった」と書かれたものも数多く目にします。

 

でも本当にそうなのでしょうか?MBA留学は辞めておいたほうがいいのでしょうか?

 

実際にMBA留学をして、その後に様々な職種を経験した立場からの本音ですが、MBA留学を実体験しなければ手に入らなかったものが本当にたくさんあります。特に世界トップレベルの大学のMBA留学は別格です。(詳しくはMBAを取得する6つの価値を御覧ください)

また、私の同級生たちは(このサイトを訪問された人達であれば誰でも知っている)大手グローバル企業の重要ポストで活躍したり、自ら起業して(それぞれの国で)注目される企業にまで育て上げています。

 

そして私が一番お伝えしたいのは、

私が知る限りですが

世界のトップ50スクールでMBAを取得した人で、望まない人生を歩んでいる人は1人たりともいません(全員が、自ら決めた分野で挑戦し成功しています)

という紛れもない事実です。

 

 

社費・公費で留学出来る方であれば、悩まずに挑戦すべきだと私は思います。
私費の方も奨学金などを最大限活用しながら是非挑戦して下さい。

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